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by kmado(岩手県・♀)
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穏やかな年の瀬

20061231203957
月が綺麗だったので、月とかけてみる(^w^)

というのはさておき、今年は雪もほとんどなく、比較的ゆるゆるの年の瀬。暖冬な年末や正月の年は、実はあんまりよい年じゃない・・・というジンクスめいたものもあるけど、なんにせよ今このときを楽に過ごせるのであればよいかと(^。^)y-.。o○

大きな病気もせず、みんな健康的だったね。
来年もそうありますように。

さて、このブログも、も少し本格始動したいところ。W-ZERO3との相性もよさげなので、さらにカスタマイズにも力が入るというもの。
ひとまず、過去の日付をこっそり埋めるかな、
・・・と、来年の抱負を後ろ向きに言ってみるテスト。

皆様、よひお年を
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by kmado(岩手県・♀)
20:39 | W-ZERO3から | comments (3) | trackbacks (0) | page top↑

休日

ダンナと私の仕事はそれぞれシフト制のため休日がまず一致しない。予定があらかじめある日など、月に1、2日合う程度。
偶然一致した日が平日の時は、ムスコも保育園を休ませて一緒に休日をする。(これは保育園からも推奨されているので、重要な行事とぶつからない限り休ませる)

今月は、イブの翌日、クリスマスの25日がそのウチだけ勝手にホリデー(^_^.)になった。

前の日はみんなでケーキも食べて、ムスコはあいかわらず「(サンタさん来るか)ドキドキする・・・」とかわゆいことを言ってなかなか寝付かなかったがなんとか寝せて。

”明日はゆっくり寝坊しよう”と目覚ましをかけずに寝た。 

 

翌朝。 

 

隣で寝ていたムスコがもそもそと動く。ママが隣でまだ寝ていれば、安心して二度寝するのでそのままほっといていたら

ムクッ

と起き上がる。 

 

・・・枕元に見慣れないモノが。 

 

「・・・ママっ、なにかあるよ、ほら」

「・・・んー・・・(‐‐).。oO」 ←意地でも寝続けるママ 

 

 

「あーっ、プレゼントだ、プレゼントきてるよっ(o⌒∇⌒o)」

そして

 

「ママぁ、起きよっ♪」 

 

いつもより1時間早く起こされた(T_T) 

 

 

なんで、休日って早く目が覚めちゃうんだろうね。いや、わかるよ。私も覚えがある。不思議と日曜日(当時は週休1日制だったしね)は気持ちよく目覚めたもんだ。

ましてやプレゼントがきちまった日は・・・

よかったね、今年も来てくれて。おかげで一日中遊びに付き合わされた。そんな休日。

ママとパパにはWiiこなかったし((( T_T) イジワル

 

by kmado(岩手県・♀)
19:43 | 育児日記 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

下のほうのネタ(略して・・・以下略)

いつものお風呂はパパと入るムスコだが、パパの夜勤の日は、私がムスコと一緒にお風呂に入る。

 

身体を洗ってやりながら、なぜかち○ち○のハナシに・・・(*^_^*)

ムスコ曰く

「ボク大きくなったら、パパみたいにち○ち○にヒゲがはえるんだよねっ」

(・・・ヒゲかよ・・・)「うん、きっとそーだねー、・・・ねぇ、ヒゲはえたらママに見せてくれる?

「うんっ!いいよー」

「ほんとだな、ほんとにいいんだな、約束だぞ」(←念を押すセクハラママ)

 

約束事はココに記入しておこうかと(>< ;)☆◯=(▼▼ )o ←正義のパパ

 

 

男の子って無邪気でいいな。でも年頃になってホントにママに見せてきたら逆に精神発達上問題あるかも(^_^.)
そういうのは、やはり同性のパパに相談する、ぐらいの関係になるといいね。

それより男の子っていつまでママと一緒にお風呂に入ってくれるもんなのかな?

 

ちなみに私は、自分の父とのお風呂は小6ぐらいまでだった。初潮が始まったのを機会にして辞めた。父も遠慮していたと思うし。
女の子は「大人」になるのが比較的はっきりしているから分かりやすいけど、男の子って気付かないうちにいつの間にか「男」になっちゃってるカンジがする。

・・・そーか、いつかはオトナになっちゃうのか((( T_T)

まだ先のコトなのに、ふとさびしくなってしまったりして。

by kmado(岩手県・♀)
01:36 | 育児日記 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

メリークルシミマースo(;△;)o

表題はダンナの気持ち。

 

去年までは比較的「コレ」と決めていたムスコ。今年は欲がでてきたようで。つーか、いつもいつも欲望が満たされてるのでもう欲しいのがないんだろ(よくないなコレは)

 

そんな頃、11月下旬ごろに トイ○らスのパンフ風チラシが入ってきた。(タイミングよくいれてくるもんだよね(ーー;))

 

”今年はコレの中から一つ、サンタさんに頼んで良し”

 

という指令をだしたら、端から端までじっ・・・くり眺めてアレがいい、コレがいい、とはじまった。毎日のように眺めてはうっとりしている。ぉぃ

その結果「ママ、これがいい」というのを見ると、価格がン万円もするものだったり・・・。

「こ、・・・これはちょっとサンタさんもキビシイんじゃないかな・・・(汗」

と、”好きなの選べ”といっときながら、親の理不尽さ炸裂理由で却下させてしまう有様(^_^.)

 

先日の発表会もタイミング的にはムスコに有利に働いてしまう。

こんなタイミングであーんなかわゆいのを見せ付けられたら、サンタさんの財布の紐もゆるんでしまうってもんで・・・(*^_^*)いかんよ、マジで。

今年は苦しんだなぁ・・・。よろこんでくれるクリスマスだといいが。

 

というより、パパとママにもサンタさんこないかしら、「Wii」持って来てくれないかしらん♪
もう、正攻法ではなかなか手に入らないのよ、ホントに。

そこントコなんとか頼みますよ、ねぇ、ホントに。

by kmado(岩手県・♀)
01:23 | 育児日記 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

両立

ムスコが3歳になったのを機に、保育園に預けてパートに出ることにした私。幸い、近くに出来たばかりの某超大手スーパー(^_^.)の事務職に採用して頂いた。
妊娠してから仕事をしていなかったので、かれこれ4年のブランクになる。最初はやはり身体が慣れなくて、いきなり入院してしまうという大失態をしてしまったが、なんとか復活して・・・かれこれ3年目になる。
ココは大変出入の激しいところ(^_^.)ヤベ なので、いつの間にか古株になってしまった。結構続いたな、継続はチカラなり。

 

「育児と仕事の両立」ってハタから見ると大変そうに見えるが、私的にはそうではないと思う。

 

というのも、仕事でストレスを受けても、終わって保育園にお迎えにいってムスコの笑顔を見ると癒されるし、

育児でストレスを受けても、仕事にいってウチのことを全く考えずに数時間働くと、いつの間にかストレスを忘れてしまっている。

 

つまり、お互いにバランスをとって補い合ってストレスをプラマイゼロにしてくれるので、毎日の生活をつづけていける、ということ。

もちろん、どちらかが大きくなりすぎるとあっという間にバランスが崩れるので、諸刃の刃ともいえる結構キワドイものだけどね・・・(ーー;)

 

 

これは性格的な要素も関係するので、万人に通じるものではないけど、世の中で仕事も頑張ってかつ育児をしている女性って案外そういうカンジなのかもと思う。

 

とはいえ、ムスコが小学校へ進んだりすると、また状況は変ってくるので、永遠にこのバランスが維持されるもんではないと思うが、その時その時に柔軟に変化させて保っていかなくてはならないのかな。経済的にも、私的にも。

 

なーんて、カッコつけても結局タダのパートのおばちゃんに変わりはないんだけどもね(^_^.)

 

by kmado(岩手県・♀)
02:06 | おしごと | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

発表会

今日はムスコの通う保育園の発表会・・・in 岩手県で収容人数トップクラスの大ホール。しかも満員御礼(^_^.)

 

この保育園は30年以上「幼保一元化」をしてきたところで、大きい行事は幼稚園と一緒に行うのね。その幼稚園がこの辺では有名な方なので規模が半端じゃなく大きい。年少・年中・年長がそれぞれ約120人いるの(内、保育園は各1クラスで30人ずつ)。0~2才クラスもあわせると、総勢400名くらい。その子たちの歌や踊りを見るために、子供一人に対し、最低でもパパママジジババジジババ(^_^.) が来るわけだ。あっというまに2000人突破。ちなみにこの大ホール2000人収容です。いつも溢れ返ります。熱気がすごくて真冬なのに暑いくらいです。
高校時代、親友と見に来た「聖飢魔2」ミサはこの半分も埋まりませんでした(T_T) ちょっと悲しかったね。

てか、夏に行われるここの園の運動会は、「B'z」が来県したときにコンサートで使うアリーナでやるんだよっ。(このときはさすがに満員にはならないけど)すべてに於いてケタ違いすぎますからっ。

今更ながら、親ばかパワーには恐れ入ります(私もね♪)

 

だってさー、もーすっごくかーわいいんだよぉ(*^_^*)
ココのすごいのは衣装は全て園が準備すること。親はなーんにもすることなし。ありがたや。先生たちがみんな準備してくれるの。
それがまた凝ってるのなんの。キラキラしまくり。
今年、ムスコたちのクラスはミュージカル風の踊りだったんだけど、ムスコはねずみの役。どんなかな、と思ってたら、銀色のキラキラしたサテン生地の衣装にねずみ耳をつけてた。かーわゆい♪ そんなのをクラス30人分準備していたわけだ。先生すごいッス・・・。
そしてどんどんクラスを入れ替えて演技させていくの。すばらしい展開の早さ。2時間そこそこで全プログラムを消化するんだもの、見事としか言いようがない。
2歳児クラスのときから参加させてもらっているけど、毎年「すげ~・・・」と思って見入ってしまう2時間です。

また子供たちも、泣いたり脱走したりするのがまずいないの。動けなくなってしまう子は各クラスにいたけど(^_^.) そりゃ大人2000人の前だよ、フツーの大人だって緊張するよ。これを毎年経験するんだもの、鍛えられるはずだ。年長さんなんか堂々としたもんだ。

ムスコも最初の参加のときは、ナニがなんだかわからなくて、先生に預ける時に泣いてしまった。でも舞台に出てきたときは平気な顔をして踊っていた♪逆に「緊張」という意味もわかってなかったのかも。今年はさすがにその舞台の大きさによーやく気付いたのか、朝ごはんをろくに食べられなくて「どきどきする・・・」なんて言っていた。フッかわいいヤツめε=(>ε<)

 

毎年の恒例行事なので、いつも私の両親と、ダンナのばーちゃんを連れて行っていたが、今年はばーちゃんが検査のため入院することになって、ちょうどぶつかってしまった。ばーちゃんも楽しみにしていただけに残念そうだったので、今回初めてビデオカメラを持参(親戚から借りた(^_^.))。
その倍率に驚く(当たり前) おっきくうつるなぁ・・・やっぱいいなぁビデオカメラ。
デジもん好きの私たち夫婦でもなかなかゲットできないアイテムだけに、その威力に感激。やっぱ必須アイテムかしら~。
パソコンは衝動買いするくせに、こういうのになるとおじけづく私。優先順位違いすぎるかもね自分(ーー;)

 

今年もかわゆかった♪ 来年も楽しみだな(*'‐'*) 

 

by kmado(岩手県・♀)
16:52 | 育児日記 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

2001/9 出産後、入院中のわたし

母乳というのは産めばすぐ出るもんだと思っていたが、どうもそうではないらしい。吸われることによって次の母乳が準備される・・・という繰り返しで順調にでるようになる。
で、頑張っていたら、3日目の夜にもっのすごく乳が張った。痛いよぉ・・・(T_T)  一晩、ひえピタのようなものを貼り付けて過ごす。実際これを機に少しずつだが出るようになった気がする。そういえば、乳も変ったかな・・・(*^_^*) 大きくなった、というより、形がすごくそれらしくなった感じ。一緒に授乳している他のお母さんたちのもつい、じっと見てしまったりしたが(ぉぃ(^_^.))、皆「育ててますっ」っていう乳してんのな。大きいのに色っぽい感じが全くないの。たくましいお乳なの。この授乳期間ならではの変化なのかもしれないね。

出産直後はお乳のハリの他にも急激に身体中が変化する。それまでの10ヶ月間の妊婦から一気に元に戻ろうとするからなのかも。
3日目ぐらいに、足が思いっきりムクんだ。これも特有の症状らしい。それまであまりむくむことがなかっただけにある意味おもしろかった。電動ベットの足の部分を最大に上げて、ほぼ90度になるくらいにしてそのままで寝ていると、足の中を水分が伝って落ちていくのがはっきりと分かった。すげ~・・・おもしろーい♪
自分の身体でココまで遊べるなんて、この期間ならではだなぁ。 

 

さて、退院日のメドもついた。退院後は約1ヶ月実家に滞在するつもりでいる。そのための準備も済んでいる。

 

そろそろ大問題にとりかからなくてはなるまい・・・名前どうしよ?(^_^.)  つか、決まってないしーー!!

 

確か出産届けって一週間ぐらいで出さなきゃなんないんだよね。
仕方ないので、それまで臨時に「こたろ」って名づけて呼んでたよ。犬じゃねーんだし。パパ、早くなんとかしてくれ・・・(ーー;) 

 

 

『念のため』で準備した男の子用の名前は2つあった。
女の子なら「コレッ」というのを決めていたが、男の子のは一つには絞り込めなくて、結局「産まれてきたのを実際見てから決めよう」ということにしていた(この辺りすでに投げやりな気が(ーー;))

実際見てみたら。・・・泣き声も女の子みたいに優しいし、ふわんっとした雰囲気がある。きっとこの子は優しい子に違いない。

・・・ということで、2つのうち、優しいヒビキをもっている方に決めた。
でもパパが字画にまでこだわったので、漢字がなかなか決まらなかった。・・・こっちもホント難産だったよな(ーー;)

なんかバタバタしながらも入院期間はあっという間に過ぎた。

それ以上のバタバタ育児の始まりだった。 

by kmado(岩手県・♀)
16:53 | 思ひ出 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

2001/9 出産後、入院中のムスコ

出産後、特に母子ともに異常がなければ、5日~7日の入院となる。その間、母親は上げ膳据え膳(^^♪なので、身体を休めるとともに、これから赤ちゃんをお世話していけるように助産婦さんからいろいろと指導を受けることになる・・・ってこれが結構忙しくて、「休めた?」と問われれば・・・どーかな、とも思う。まぁ産んじゃったからには仕方ない、帰宅したらもーっと大変なわけだから。

出産翌日、筋肉痛で動けなくなったので実家の母に助けに来てもらった(ーー;)が、と同時にムスコとの母子同室になった。”ばぁば”となった母にとっては孫独り占めできたのでけっこう幸せだったかな♪・・・と勝手に思っている。実際は、まだシャワーのできない私の身体を拭いてもらったり、買い物してきてもらったり、といろいろコキ使いました。ごめんなさいm(__)m  その間でも、ムスコをタオルに巻いてダッコしたりして楽しんでもいた。 

 

赤ちゃんの講習はまず「ダッコ」から。これは出産当日から始まった。

その日の夕方、新生児室に向かう。そこへ助産婦さんにダッコされたムスコが連れられてきた。首の据わらないふにゃふにゃの赤ちゃんの抱き方を教えてもらう。教えてもらわないと分からないよ、こんなこと。で、実戦してみる。
・・・うわーむっちゃ泣いてるよ、ベテランの助産婦さんにダッコされてて泣いてるのに、慣れない私じゃーもっと泣くかな・・・とおそるおそる腕に乗せる。

ムスコはピタッと泣き止み、まだよく見えないはずの大きい目を見開いて私を見ようとしていた。

・・・うっわ、うそみたいー・・・。泣き止んだコイツ。ママって分かったのかな、声で分かるのかな。

正直感動だった。 

 

 

やわらかくてあったかくて、でも腕にずしっとくる重さ。たった3キロほどなのに。男の子は芯が重く感じるというからかな。でも今思うに、それが「責任」の重さだったのかもしれない。

今度は母乳の飲ませ方。当日だから当然出ない。というか、ホントは出産前からお乳の手入れをしなくてはならなかったのだが・・・めんどくてさっぱりしてなかった私(^_^.)
「つまってますよ、きれいにしなきゃ」とさっそく教育的指導。ごめん・・・。
出すにはとにかく吸わせること。これを2~3時間ごとに、赤ちゃんが泣くごとに繰り返す。
でも入院中はろくに出ないので、出るまで粉ミルクで補充した。ミルクの作り方すら講習だよ、ホント何から何まで教えてもらわないとダメだなぁ・・・。ムスコは初日から結構な勢いで飲みやがった。さすが男の子♪

あとはオムツの替え方。帰ったら布で挑戦するつもりでいたが、入院中は支給されるので紙オムツで。これで基本をマスターする。1、2日のうちは胎便といって緑色のうんちがでる。最初はビックリした。

泣いてるムスコをあやしながら慣れない手つきで替える。うーん、コツがいるなぁ。・・・と苦戦していたら、オムツ開いた瞬間「ピュー・・・」っとそれは放物線を描いた。あ、やられた(^_^.)
隣では、私より一日早く産んだあの元妊婦さんも(こちらも男の子だった)同じメにあっていた。
「男の子ならではの洗礼ですねぇ」
と一緒に笑った。この母子とは入院期間中ほぼ一緒に講習をうける仲間になった。 

 

4日目ぐらいから赤ちゃんの沐浴が始まった。初日は助産婦さんが実際ムスコをお湯につからせて手順を説明しながら行った。沐浴の間、初めてのお風呂だったからかムスコはずっと泣いていた。「明日からはお母さんがやってみてくださいね」 ・・・マジすか、めっちゃ泣いてるんですが(ーー;) とまたもやビビる私。
翌日、助産婦さんが見ていてくれる前で、ビビりながらムスコをつからせてみる。・・・ムスコは気持ちよさそうにほわ~・・・としていた。あーなんてイイ子なんだキミはっ!
ママだから安心したのかしら♪なんて、実際は2回目で慣れたから・・・かもしんないけど、おかげで自信が持てた。

 

ムスコはその後約1ヶ月の沐浴期間中も一度も泣くことはなく、お風呂に関してはラクさせてもらったなぁ。そのせいか、今でもお風呂は大好きで一番長風呂しやがる(^_^.) 

 

 

一通り講習を受けて、コレを毎日繰り返す。ホントに2、3時間おきだぁ、というかその間隔も狭まってきた。2時間もたなくなってきた。やっぱ母乳少ないのかな・・・と心配もする。同じ部屋で隣にいるムスコが四六時中気になる。大丈夫なのかなぁ・・・。 

 

と慣れない心配をするママを尻目に、ムスコはいたってご機嫌だった。オムツを替えてミルクを飲ませてさえいれば、あとはゴキゲンで起きていた。ぷ、う、とかいいながら手足をばらばらに動かしていた(まだコントロールできないのね)
つか、新生児って一日のほとんどを寝てる・・・と聞いていたが、コイツあんまり寝ないなぁ。でもキゲンいいからとりあえずいいか。
おかげで入院中お見舞いにきてくれる親戚や友人にも起きてるムスコを見せることができた。

赤ちゃんという生き物はホントにマニュアルどおりではないね。これからはコイツ本人にどうしてほしいか聞きながらやってみよう・・・と思うようになっていた。

 

by kmado(岩手県・♀)
15:56 | 思ひ出 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

2001/9/3 出産、ムスコ誕生 その2

私たちが分娩室に入ってまもなく、義父と義祖母が病院に来てくれていたらしく、母と一緒に待っていた。(私の父も来ていたらしいが結局待ちきれなくてその瞬間はいなかった。タイミング悪)

そこへムスコの第一声。かなりかわいらしい声だったので、母たちは「女の子??」と思っていたらしい(^_^.)ま、ムリもない。 

 

ダンナは(これからはパパだね♪)、男の子ではあったが無事に産まれたので良かったと喜んでくれた。そしてパパの醍醐味、初めてのダッコをさせてもらう。そのまま母たちの待つ外へお披露目へ。かわいい、とみんな喜んでくれたらしい。特に初孫の誕生となる義父は「○○(亡くなった義母の名前)にも見せたかったなぁ・・・」と泣いていたそうだ。 

 

そのころの私はというと。・・・どうもね、やっぱね、ムリしちゃったらしく。・・・裂けちゃったらしいの、少しばかし(ーー;)
で、部分麻酔をかけて縫ってもらっていました。テヘヘッ

少しずつ実感が湧く。・・・大仕事やったなぁわたし。今はあの痛みがウソのように消えている。不思議とあの痛みを思い出せない。全身に心地よい達成感だけが残る。母体とはこのようにできているのか。だからあれだけの陣痛を経ても、また出産しよう、という気持ちにもなれるのかもしれないな。 

 

 

さて我がムスコ。母との対面の前に産まれてすぐ試練が与えられてしまった。いきなり血液検査をされることに。
というのも、私が糖尿病予備軍であることは先に記したが、妊娠中は特にも妊娠糖尿病になる可能性が高く、血糖検査も並行して行っていた。

ちなみに「糖尿病予備軍」とは、空腹時の血糖は普通だけど、食後の血糖値が異常値になってしまう状態のこと。つまり血糖値の上がり下がり幅が大きくて、これはこれで身体に負担となるらしい。で、その上下幅が異常値のほうで波打ってしまうと「糖尿病」と診断される。
幸い私は、出産直前までその状態にはならずに済んだ。

でも、もし出産時に血糖値が高い状態になってたとすれば、胎児が「低血糖」で産まれる危険性があるんだって。
その確認のための採血。小さい小さい足の裏から血採ったらしいよ。どーりでギャーギャー泣いてたワケだ。ごめんよ、ムスコ。(でも異常なしだった、よかった♪)

 

 

よーやく対面。まず先に。・・・お乳を含ませる。え?出ないよ、そんないきなり(*^_^*)・・・と思っていたら、こうして乳に刺激を与えることによって母乳を促す効果があるんだって。あと赤ちゃんにも「これがお乳よ」と確認させることにもなるんだって。へー・・・。

この病院は母乳育児を推進していたので、これは是非やってみたいと思っていたので、いろいろやってくれてうれしかった。 ムスコは吸う、まではできなかったが、一応口に含んでいた。これから出るといいなぁ。

わたしの横にきたムスコはじめまして♪ キミがお腹にいたんだね。 オメメ大きいなぁ、でも思いっきり一重じゃん、私に似てしまったかしら(汗
男の子だからママ似かな。パパに似てくれればかわいいオメメになるんだけどなぁ。 

とりあえず、我が子との対面はココまで。お乳吸わせるのはするけど、それ以外は今日は新生児室に預けて身体を休めることに。あーこれで2日ぶりに睡眠をむさぼれる♪

 

車椅子に乗せられて、これから一週間ほど入院する部屋へ入る。ここの産婦人科は冷蔵庫あり、シャワー完備のかなりランクのいい個室を与えられる(その代わり部屋代高いけどな(ーー;)) けっこーひろーい♪ と喜んで入っていくと、ダンナたちが先に待っていて歓迎を受ける。「お疲れさ~ん」 「おー、終わったねぇ」
ベットは頭も足も角度が変えられる電動ベット。きゃー幸せ♪ サイドテーブルには昼食が待っていた。普通の病院食ではあったけど、オメデトウおやつなどもついていたりして。

・・・がっつきました、わたし( ^0^)_D   だって丸一日食べてないもん!! 

 

完徹をしたダンナと母も疲れ切っていたので、私が落ち着いたのを見計らって帰宅。義父たちも帰っていった。

 

 

さて、みんなが帰ると・・・ヒマだ。寝ればいいものを、やはり興奮状態がつづいていたので寝れない。トイレ以外は起きないように言われているのに必要以上に部屋を歩き回る。遅れて到着した実の父がたずねて来たので、私自ら新生児室に案内して見せたりする(だから歩くなってのに)

陣痛の反動なのか体調がすごくいいの。出産って、胎盤も産み落とすんだけど、それと同時に体内の悪いものまで出す作用があるらしい。そのおかげか”すっきり~”って感じ。あの痛みが夢だったかのように痛いところが全くないし・・・。
父が帰った後、やはりヒマだったので、親友に「産まれた♪」メールまでしてしまった。親友は「産んですぐメールしてきやがった!」と驚いていたが、じつは入院中で当日が一番体調良かったからなんだよね。気分も高揚していたしね(*^_^*)

 

このとき私はすっかり忘れていたのだ。縫ったときに「部分麻酔」をしてもらっていたことを。当たり前だ、痛みを感じないワケだ。
一晩死んだようにぐっすり眠って起きたらば。

 

全身筋肉痛ア~ンド産んだトコの痛み復活(ワラ 出産って全身運動だったんだねぇ・・・(°m°;)

 

ベットから起き上がることも出来なくなっていたので、実家の母に「助けて~(泣」と連絡する羽目に。バカだよ、わたし・・・(ーー;)

 

はしゃぎすぎた代償は結構大きかった。m(__)m反省。
 

by kmado(岩手県・♀)
22:56 | 思ひ出 | comments (1) | trackbacks (0) | page top↑

2001/9/3 出産、ムスコ誕生 その1

初産は陣痛が始まって12時間から24時間・・・から考えてタイムリミットは遅くとも9月3日の午前5時。その時刻をついに過ぎてしまった・・・。ウソツキ(T_T)
これはもうリッパに「難産」だ。自分の母と同じだ。でも母の場合、飲んだヤツも吐いたらしいからその分まだマシか・・・。もう一日かかるかな、できれば今日3日中に産みたいな・・・すると9月3日生まれか。・・・たしかドラ○もんの誕生日だったよな、同じになるのか・・・。
などと、もう考えることが支離滅裂になってたりして。


ダンナと母は交代で家族用の部屋で仮眠をとったようだが、実際は寝られたもんではなかっただろう。

 

 

9月3日は月曜日だった。病院として通常の診察が始まり、産婦人科の先生もそれに合わせて出勤してきた。

午前9時を過ぎて、子宮口の開きが完全ではないものの、もう私の限界がきたと察せられたのか、「そろそろ分娩室に移りましょう」とのお許しがでた。
あーやっと、この時が、きた・・・。昨日先に産んだあの妊婦さんと同じ状態に私もなれたぁ、かも(ーー;)

母を外で待たせて、私とダンナとで入る。ダンナは出産前から「立会い出産」をしてみたい、と話してくれていて、両親学級にも時間をつくって一緒に参加してくれたりした。
だからそのつもり満々だっただろうと思ったら、実際は、

「なんだか分からないうちに一緒に入れられて、帽子と割烹着みたいなの渡されて"はいっこれつけて下さい"と言われてなすがまま」(ダンナ談)

だったらしい(ーー;) ・・・おいおい。 

 

 

結果として強制立会いを命ぜられたダンナ。まぁいい、この際付き合え(ワラ

 

分娩台に足を広げた状態で仰向けに寝せられる。ダンナは私の頭のあたりに座らされる。もうこれは、産んでもいいってことよねっ・・・と期待していたら、またもや助産婦さんが準備だけして「がまんできなくなったらこのボタン押して呼んでね♪」とボタンだけ預けてどこかにいってしまった。

・・・うそーん、こんなかっこで更に我慢しろってか。拷問以外のナニモノでもないですぅぅ・・・( iдi )

仕方がないのでダンナとあまり役立たない呼吸法でしのいで・・・しながら、私たち少しだけど寝てました、そのまま。
だって完徹あけだもん、体力限界だもん。さすがに眠気が痛みを通り越しましたさ。

うつらうつらしながら、ときどき耐えられずにボタンを押す。助産婦さんがその都度きてくれるがまだOKがでない。・・・だから拷問だってば。

 

 

11時を過ぎたころ、助産婦さんが数人で来てくれた、と同時に産婦人科の先生も来てくれた。「そろそろ全開ですね」とよーやく許可が降りる。

「その前に尿を取ります。」

え?・・・あ、そか。忘れてたそんなこと。カテーテルを付けたら。・・・すげー出る出る(*^_^*)。そりゃそーだ、ペットボトル2、3本飲んだもの、それそのまんま出てますがな。おかげで少しお腹がへっこんだ感じ。ラクになりました♪ 

 

 

いよいよリキむ。両親学級で培った知識を少しずつ思い出してやってみる。ここで破水もした、もう一回。数度繰り返す。頭が見えたらしい、もう少し・・・。
「はい、リキんでぇ・・・」

「い、イタイ・・イタタタ・・」

「痛いって言わないのっ!!」

え、そんな無茶なL(・o・)」 

 

確かに実際「痛い」と言ってはダメらしい。普段でも「痛い」というとおしりにチカラが入ってしまうよね、それが子宮口やら産道やらを閉めてしまうことになってしまうかららしい。でもムリっ。痛いもんは痛い・・・。

ずるっとナニかが出た。「はい、息整えて!」 ハッハッ・・・と出産直後の呼吸法をするように指示される。ということは、産まれた・・・??

・・・んきゃぁ・・・・

かわいらしい声が聞こえた。 

 

 

ダンナはいつの間にか私のそばから離れて、助産婦さんの後ろへまわって覗き込んでいた。・・・ってその角度って全部見えちゃうよ。まだつながってる赤ちゃんなんて血まみれだから、フツーの男性なら失神してしまう人もいるってのに。

ダンナは真っ先に確認したいモノがあった。

 

「・・・あ、ついてる?・・・ついてないか?? ・・・いや、ついてたぁーー!!

「はーい、元気な男の子ですよぉ♪」

私は助産婦さんの言うより先に、ダンナの叫び声でその性別を知ることとなる(^_^.)

 

 

予定日より3日早い、2001年9月3日午前11時58分。所要時間約30時間。
体重3058グラムの男の子、無事出産。

by kmado(岩手県・♀)
22:59 | 思ひ出 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

2001/9/2 出産前日

腰にくる陣痛らしきものがもう1分間隔になっていた。

 

叔父、叔母と一緒にすぐに産婦人科の陣痛室に運ばれた。そこは2人分のベットがあって、もう一つのベットにはすでに陣痛で苦しんでいる妊婦さんがいた。
叔母が実家の母に連絡をしてくれて、まもなく母も到着。夜勤中ではあったが、ダンナも通常より早い時間に帰らせてもらえたようで、朝8時ごろには病院に来てくれた。
それと入れ替わるように、叔父と叔母は一旦帰宅した・・・ようだ。 ようだ、というのも・・・

もーこのあたりからはっきりとした記憶がない。

 

だって、痛い痛い痛いーー!!! (ノ;;)ノ

 

もう間隔なんてない。絶えず痛い。ずっと痛い。ぎっくり腰が絶え間なく続く感じ(ってぎっくり腰したことはないが)
陣痛にはわずかだが痛くなくなる時間があって、その時に食事したり、少し寝たりするらしいが。・・・無い、そんな時間わずかでも無い。
いや、少しだけど痛みの波はある。でも「少し痛い」「すっごく痛い」かぐらいの差で痛いことには変わりない。

ここまで痛いと、もうまもなく、と思うでしょ。
でも全然。子宮口がほとんど開いていないらしい。
助産婦さんは「まだまだこれからね~♪」と余裕で、私に点滴をしたり、胎児の心音を聴く装置を取り付けたりしている。コッコの心音は力強くはっきりと聴こえた。

え、これからっスか? わたし、結構キテるんですけど・・・o(;△;)o

「あとどれくらいなんでしょ?」(初産って12時間から24時間くらいだって、そういえば両親学級でいってたなぁ・・・)

「病院に入ったのが午前5時か・・・。今日中(9月2日)には産まれるんじゃない? 夜までには・・・。」

「えー・・・夜、ですかぁ。・・・長いなぁ。」   イテテ・・・。

 

腰、腰がいたい。というか正確には痛いのは・・・尾てい骨(?たぶん)の辺り。 横向きになって背中からおしりまでをさすってもらう。
それでも追いつかなくて、寝ていられないので、イスにまたがってすわる状態になって、ダンナに「ココ、ここ押してっ」とその尾てい骨をおもいっきり押してもらう。ダンナは「なんでこんなとこ・・・(汗」と思いながらも押してくれていたらしい。しかもそれをダンナと実母とで交代でやってもらうことに。
もう意識は朦朧とするし、感覚はある意味マヒ。ラマーズ法なんて知ったこっちゃない。なにやったって痛みは逃げないんだもの。

後で知ったことだが、陣痛が腰にくる、という人はかなりの割合でいるんだって。しかも、普段生理が比較的軽く、生理痛が無いタイプに多いらしくて。
で、陣痛としては腰のほうがタチが悪い、らしい。痛みを逃がせないから。
ううむ。毎月苦しいけどポンと産むほうがいいか、毎月はラクだけど、一生に何度か死ぬ思いをするほうがいいか。・・・ってところか。
・・・悩むところだね(ーー;) なんて選ぶ余地ないけどな、もってうまれた体質だから。
ていうか、そんなこと両親学級では教えてくれなかったぞー。だから腰痛が陣痛なのか分からなかったんじゃないかっ。知識なんてホント役立たないよねぇ・・・。

 

もう一つ辛かったことがあって。どうも完全に尿道をふさがれたらしく・・・おしっこがでない。何も食べられないから、とりあえずお茶やジュースを少しずつ飲んでいたもんだから当然尿意はある。痛みに耐えながらトイレには行くんだけど・・・まったくもって出ない。でも飲む、の悪循環。お腹張ってるんだろうが、もうなにがなにやら。

あああ、辛いよう、もうリキみたいよう。
でも子宮口が少しずつしか開かない。・・・当たり前じゃん、ずっと固くする注射してたじゃん、薬だって少し前まで飲んでたんだよぉ。まさかこんなところで思いがけない副作用が出たとは。今となっては手遅れじゃんよう。
今無理にリキんで産むと裂けちゃうらしいし・・・それはイヤだ、痛そうだ(T_T)

 

お昼頃、先に隣で苦しんでいた妊婦さんが、いよいよ隣の分娩室へ移った。
隣から苦しそうな声が聞こえてくる。はい、頑張ってぇ・・・もう少しよぉ・・・。 ・・・・まもなくして 「・・・んぎゃー・・・」
「おめでとうございまーす、うまれましたよー・・・」

あー・・・お隣さん、生まれたんだぁ、よかったねぇ。
ていうか、羨ましいなぁ、この痛みから解放されたんだぁ・・・はやく私もあーなりたいよなぁ・・・

もうそんなことしか考えられなかった。

 

 

ダンナ経由で私が病院へ入ったことは、ダンナの実家にも伝わっていた。
陣痛の始まった時間から考えれば、2日のうちには産まれているだろうと考えた義父は、握りずしをもって夜遅く病院へ来てくれた。
じ・つ・は。義父はお鮨屋さん。ダンナの実家に帰れば、カウンターでお鮨食べ放題♪ という幸せなわたし(これ目当てに結婚したとの疑惑が持ち上がったが・・・いやいやそんなことは・・・ない、・・・たぶん←おいっ) このときも私のために特製のにぎりを作って、お店が終わった後駆けつけてくれたのだった。おとーさん、ありがとう(*^_^*)

でも。2日が終わろうとしているのに、まだでてきやしねえ。

 

ごめんなさい、お義父さん、わたし食べられそうにないです。でもナマモノだもん、取っとくわけにはいかないよね。
で、わたしに付き合わされてくたくたになっていたダンナと実母がいただくことに。いいなぁ・・・おいしそうだなぁ・・・おすし。

 

「うめーー!! このさば寿司、マジうめぇ!」

 

突然ダンナが叫ぶ。 「ホントにうまいよ、食べてみて、コレ」  ・・・喰えるかバーロー。
しめ鯖寿司があまり得意でない実母まで「あら、おいしい」と食べている。
長年、父の鮨を食べてきたダンナをもってして「今までで一番うまいしめ鯖」だったらしい。くっそー、はやくコッコがでていればっっ(T_T)

(後にしめ鯖を何度か食べさせてもらったが、ダンナ曰く、このときのには及ばなかったらしい)

こうしてこのしめ鯖は私にとって幻の鮨となった・・・。がっくし。

 

まあ鮨はさておき。実際はおすしどころではなくて。なんでもいいからこの痛みから解放してほしくて。
コッコは元気な心音を聴かせてくれている。元気なのはうれしい、おまえも出たいんだよね。・・・でも出口ふさがってるんだよな(ーー;)
時々助産婦さんが見てくれるけど進展がないんだよ。今日は日曜日。本来お休みのはずの産婦人科の先生からも状況確認の電話が助産婦さんにかかってくる。先生ごめん、わざわざ待ってくれてるのにまだですぅ・・・。産婦人科の先生って大変だよな、赤ちゃんは大人の都合なんて考えないからね。

ダンナも母も疲労がたまってきている。義父は残念そうに「産まれたら連絡くれ」と言って一旦帰っていった。

 

なにより私、前日夜更かしして寝損ねたもんだから、これで不眠不休2日目になってしまう。あー・・・せめて前の日、少しでも早く寝ておけばよかったな、なんて後の祭り。

 

 

みんなで眠れぬ夜を過ごし・・・9月3日の朝を迎えた。

by kmado(岩手県・♀)
02:25 | 思ひ出 | comments (2) | trackbacks (0) | page top↑

2001/9/1 出産前々日

その瞬間は突然にやってきた。 

 

予定月の9月になっても全くその気配も無く、初産って遅くなるっていうから予定日過ぎるのかな、でも早産危機を脱してここまできたからいつでもよしとしよう♪・・・などとのんきに構え、その日も日中一人で部屋でまったりとしていた。(ダンナは確か夜勤に備えて別室で寝ていたと思う) 

 

突然、下腹部から大量の液体がじわ~・・・ともれた。

 

・・・・w(°o°)w  え。今のナニ。 

 

あのね、キレイな話ではないけど、妊娠後期頃から実は軽い尿漏れ(*^_^*)があったのね。これは仕方ないの。胎児が内臓圧迫しまくるから当然膀胱まで圧迫されるんだもの。6ヶ月ごろからか、夜、就寝中にも2~3回ぐらいトイレに起きるようになった。妊娠前は最低8時間はぐーっすり眠れたのに。おかげで昼寝も少ししないと疲れるようになってしまった・・・。ぐっすり寝たいよぉ(T_T)
でもこれが実は妊婦として必要なコトだってことが後になって分かった。
赤ちゃんって昼夜関係なく2~3時間ごとに泣いて起きるのね。だから、出産前から身体が2~3時間サイクルに慣れるように、睡眠の質を変えてくるんだって。女性の身体って不思議だー。原因は膀胱圧迫なのに、上手く出来ているもんだと感心♪

でも徐々にその頻度が高くなる。間隔が狭くもなる。コントロールはできるけどヤバイときに備えて、しばらく使っていなかった(*^_^*)生理用ナプキンを使うようにしていた。念のため~・・・ 

 

 

で、戻る。いつもの量ではない。あきらかにおかしい。もしや出血?と思い、急いでトイレに駆け込む。
・・・よかった、血は出ていない。

 

つーことは、もしや。破水???(゜ロ゜)

 

 

さすがに青ざめた。お腹は張ってないし、でも痛くなくても破水するのかもしれないし・・・。ただの漏れだとは思うけど、でも、でも。

寝ているダンナを起こして相談してみる。ダンナは近所に住んでいる叔母に相談してみる。その叔母から「どっちでもいいんだからとりあえず病院行ってみなさい」とのご指摘(そりゃそーだ。でもパニクっているときって冷静な判断できないもんだ)

車で10分ほどの比較的近い病院なのでとりあえず駆け込んだ。

 

結果。破水にあらず。  ・・・よかったぁー。

 

いやマジでびっくりだったー。さすがに予定日近いと何があるかわからんもんだね。病院からも「おかしかったらいつでもおいで」と言ってもらえたのでひとまず安心。
そのまま帰宅して、ダンナも「人騒がせなー・・・」と文句をいいつつ、出勤していった。

 

 

 

しかし、そのまま終わらなかったワケ。

 

ダンナの夜勤の日はすなわち私一人ぼっちの夜、なワケだが、昼寝もしてた関係でこの頃はだいぶ夜更かし生活になってしまって就寝は2時ごろなんて日も多かった。この日も編み物をしたり深夜テレビをみたりしてゴロゴロとしていた。
12時をまわったころに、ふいに腰痛が起きた。「お腹重いからなぁ、さすがに腰にきたか・・・」と思いつつ横になってみると、しばらくして痛みが直った。

小1時間してまた腰痛。キリッと刺すような腰痛。1分ほどつづいて収まる。・・・もう遅いしなぁ、寝ろってことかなぁ・・・。

 

・・・ ・・・

 

また繰り返す。今度は30分後くらいで。

 

寝れないな・・・。つか、さすがにおかしいと思い始める。ナンダコレハ・・・。
テレビを見ながら、いつしかテレビ画面のなかの時刻をじっと見つめていた。あきらかに痛みの間隔が短くなってきた。15分、今度は10分で・・・

 

陣痛? え、でもだよ、腰。

 

陣痛ってお腹じゃないの? それまで病院での両親学級で”出産までの流れ・・・”を勉強してきたけど、陣痛って生理痛のキツメのヤツなんでしょ?あ、でも私生理痛ってほとんど無いんだよね。どんな感覚だっけ?・・・いや、でも下腹部であることは確かだぞ。でも下腹部全く痛くないぞ。おもいっきり腰だぞ。

ナニ、ナニ、ナニコレーーー???

 

 

一人プチパニックになって気付いたら早朝5時近くになってたと思う。痛みの間隔はもう5分を切っていた。思い切って病院に電話する。前日午後のことがあるから大丈夫だろう。
「もしもし、あのぉ・・・腰が5分間隔で痛むんですけど、コレって・・・陣痛でしょうか?」
「おそらくそうですね、すぐ来てください」

うわ、あっさり言われちゃったよ。つか、もっと早く気付けわたし(ーー;)

もうどうにも痛いので、一番ウチから近い叔母に電話をした。早朝ではあったが、前の日病院に一度行っているのを知っているので、すぐに叔父と叔母が駆けつけてくれた。用意してあった入院道具をもって再度病院へ。今度こそホントに本物。ガセでもなんでもなくて(^_^.)

 

長い戦いが始まった。

by kmado(岩手県・♀)
13:40 | 思ひ出 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

2001/7 妊娠8ヶ月目

順調に妊婦生活を続けてきたつもりだったが。
月1回ペースの定期健診時に、はじめてのトラブル(体重以外で)が起きた。

「早産」の危険アリ。 

 

特にお腹が張った感じなどはなかったが、どうもコッコの頭が出口付近まで落ちてきているらしい。
つまり、いつ破水など起きるかわからない状態。

入院したほうがいいか先生も悩んで・・・結局自宅療養、薬服用で様子を見ることになった。
当然、仕事もストップ。状況が状況だけにこればかりは仕方が無かった。

たしかこの妊娠後期頃から、月1回の検診が、2週間おきになったはず。その2週間おきに、子宮口を固くする薬を注射して服用する薬をもらった。 

 

思うがね・・・なんで妊婦検診って料金たかいかね(ーー;)
初回からそーだったけど、「自己負担100%」ってどーかと思うよ・・・。普段風邪ひいてかかると3割でしょ、それが10割だよ。ありえない金額になるよ。
いくら妊娠が病気ではないとはいってもねぇ。少子化対策案の一つにもなっていたけど、妊婦検診の保険適用ってぜひ行って欲しい。妊娠中は収入途絶える人まだ多いんだもの。でないと2人目以降はホント難しいと思いますよっ(はい、言い訳(^_^.)) 

 

 

やや、それましたが。
早産の危険を指摘されたワケで、でも一応コッコの体重は2000グラム近くいっていたようなので、ここは腹をくくって7月中に出てくる場合もあるかも、と準備をはじめることにした。

で、ここまでお腹のコを「コッコ」と臨時に名づけていたのもワケがあって。
実は私のかかった産婦人科では性別を見てもらえなかったのーー!産まれるまでどっちかマジ分かんなかったのぉ。

ま、ね。私自身実際あんまりこだわりなかったのもあるから、「絶対教えてっ」と言わなかったのもあるけど。
ま、どっちでもいーかぁ♪←比較的楽観視のB型なので
先生曰く、間違うこともあるし、検診は胎児の状況を見極めるためのものだから性別は二の次、というお考えで(確かに一理ある)
ましてや早産なんていわれてるときに「で、男女どっち?」なんてのんきに聞ける状況ではない。

健康に順調に育ってくれているのであればそれでよしとしよう。うんうん。 

 

でとりあえず、新生児用の服はどっちでもいいように、白と黄色でセット。オムツはでやってみよう、と考えてそれなりの量を準備した。 

 

ダンナにも依頼  「名前考えといて。いつ出てくるかもわからんし」 

 

意外にもこれが今回一番の難関だった。
ダンナは「絶対女の子(*'‐'*) 」としか思ってくれず、考える名前がぜーんぶ女の子。「い、一応オトコのコも考えて」と言うと思考がそこで止まってしまう。おいおい・・・

というのも、ダンナの家系は男所帯で。ダンナは3兄弟の長男なのだけど、義両親は3人目の妊娠の時「次は女」と期待していたのに三男だったのがかなり残念だったらしく、その上、続くダンナのいとこたちも次々と男だらけ(かろうじて女の子ひとりだけ) だからダンナとしては自分の父親に女の子をダッコさせたいという思いが強かった。
とはいえなぁ・・・コレばっかりはなんとも出来ないわけよ。

今だから思えるけど、胎動の動き方が尋常でなかったと思う。あの元気さはやはり男の子だったんだよな。 

 

でもそのダンナの期待の大きさに圧倒されたのか、周りは”きっと女の子”と無責任に言ってくるし、実母まで「あんたの顔つきがやさしくなったから女の子かもよ」なんて言ってくるし・・・(あてにならないもんだね)

『念のためお願い』としぶるダンナに男の子の名前を2つほどムリヤリ考えさせた。 

 

結果として有効活用できたけどね(^_^.) 

 

 

あ、で早産だけど。薬がよかったのかその後順調に出てくる気配もなく。
本来9ヶ月頃になると、胎児が胃袋まで圧迫するのでホントに何も食べられなくなるらしいが、コッコが落ち気味のため圧迫されることもなく順調に食べ続け、『目標は妊娠前体重のプラス10キロまで』というのを9ヶ月目にして早くも突破。

 

看護師さんにマジギレされますた(ーー;)ヤベー

 

by kmado(岩手県・♀)
23:18 | 思ひ出 | comments (2) | trackbacks (0) | page top↑

雪だお、スキーだお。

20061203101809
雪です。

毎年のことなのでさして驚くことではないですが、ムスコは喜び庭かけまわり状態です。新鮮でいいね・・・(ーー;)

ダンナはこれといって運動するほうではないけど、仕事がら水泳が得意なほかに、スキーが上手だ。ダンナに教えてもらって私も初心者コースならなんとか降りられるようにはなった。

さて、そのスキー。
結婚式をした頃に、その司会をしてくれた親友カップル(今は夫婦)といっしょにスキーに行って、少し滑ったけど天候がいまいちだったので早々に切り上げ、「またいつでもこれるよね、冬はこれからだし」と考え、ダンナのスキーが古くなったので、当時出たばかりのカービングスキーを冬のボーナスで購入し、さぁ行くぞ♪って気合入れたとたんに私の妊娠が発覚し、さすがに行けないよね・・・となって、その後ムスコが生まれ、まだまだ小さいから連れて行けないしね、と毎年見送っていて早5年(前振り長いなっ)行ってないので、そろそろ行きたいな、と。

ただそれだけ。

ヘタレムスコなので、まずそりデビューからレッツちゃれんじ。
by kmado(岩手県・♀)
10:18 | W-ZERO3から | comments (2) | trackbacks (0) | page top↑

2001/5 妊娠6ヶ月目

実際は5ヶ月目頃だったと思うが、このころのイベントといえば・・・

初めての胎動 であろう。

「あ♪ 今動いたわ、ダーリン」
「本当かい?ハニー」 と妻のお腹に耳をあてる・・・  みたいな(ほんとかよ)状況と思われたが。実際は違う。 

 

慣れない妊娠中のためか新陳代謝がめちゃくちゃで、毎日お風呂に入ってもどっか身体がかゆい感じがあった。
その時もおへその周辺がかゆくて、服の上からこすってみていたが・・・あれ?なんか違う感じ・・・??
肌の上ではなくて、”お腹の中がかゆい”・・・???

じーっと集中してみると。

おへそのウラあたりを「つつ~っ・・・」となぞるような感覚が。 

 

「あーっ!! お腹のコがあたしのお腹、ウラからさわってるっっw(°o°)w !」

「えー?? まじかよ、なんだそりゃ!」 ←ダンナ 

 

腹の中に生き物がいるんだ、と初めて感じた瞬間だった。普通ではまずありえない感覚。これが初めての胎動?といえば胎動だったかもしれない(^_^.)
かゆくてくすぐったくて。でも、初めのころはプランっと浮いてるだけだったのに、手(もしくは足?)を伸ばせば腹の壁に届くまでに大きくなったんだ・・・とその成長を実感する。「これがママ?」みたいな感じだったのかな♪  今となっては不明だけどね・・・。 

 

 

その後から、いわゆる「ぐるんぐるん」動く胎動が始まった。

お腹が少しずつ重くなってきて、寝るときに仰向けになると息苦しさを覚えるようになってきた。もちろんうつ伏せはできない。で、横向きになると少しだけど重心がずれて楽になった。だが、コッコはこの体制を許さなかった。横向きになると必ずその方向を「けりけり」しやがった・・・(ーー;) くっそぉ・・・ラクなのにぃ。
おかげで最後まで仰向け寝しかできなかった。

あとは、「とくっとくっとくっ・・・」と定期的に動くことも多かった。これは?と産婦人科の先生にきいてみると 「おそらく しゃっくり でしょう」。
へー、エラ呼吸のクセにいっちょまえにしゃっくりなんてするんだ と思った。(横隔膜の痙攣だからエラも肺も関係ないんだろうけどね) 

 

 

一人目の妊娠なので、まだダンナとラブラブ(?)できる時間もある(^_^.)
ダンナの休みの日は、よく一緒にパチスロに行った(ダンナの趣味だったので) パチンコ屋さんって大音量で音楽とかアナウンスとか流れてるよね、玉の流れる音とか・・・。でもこれが胎教がわり。すっげー悪影響(ーー;)だったよな。
打ってるパチスロが当たると、コッコまでドコドコ動いていた。「あ♪ 喜んでるのかも」なんてのんきに思ってたが、実際は 

 

「うるせーよっ\(><@)/ジタバタッ」 

 

だったかも・・・ごめんね。テヘッ 

by kmado(岩手県・♀)
16:59 | 思ひ出 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

2001/4 妊娠5ヶ月目

ハナシは戻るが、結婚式をあげた頃のこと。 義父の友人の方にダンナと結婚のご挨拶に行くことになった。
簡単に玄関先で二人で挨拶すると、

「おー、それはおめでとう。で、今何ヶ月なの?」 

と素で聞かれた。 ・・・(T_T) 

 

できちゃった婚ではありません。このときはまだ入ってません。
入ってるのは「お肉」ですから~(泣

体型に問題あるため、若い時から下腹部がポッコリしていた私。自称万年妊娠3ヶ月。
そんな私がほんとに3ヶ月になったらどーなのよ。つか、入るスペースあるのかよ、と心配していたら。 

 

5ヶ月目にしてリッパなお腹になりましたとさ。 いや~入るもんだね、一応ね。 

 

よーやくつわりも落ち着き、5ヶ月目ということで腹帯をつける時期。本来「さらし」らしいけど、めんどくさいので専用のガードルを購入。
5ヶ月とは思えないリッパなお腹をささえ、でもよーやく妊婦らしくなる。マタニティ服も買ったしね。 

 

さて、つわりが無くなったわけで・・・そーなるとヒマだ。普通に家事をこなすだけの専業主婦だ。
つわりの反動で大変体調が良く感じてしまう。困ったなぁ・・・。

で、普通なら運動しよう、とか考えるんだろうが。私が取った行動は。 

 

仕事を探し出した。  ・・・・だってヒマなんだもーん♪ 

 

実はこの頃、実家のある地域でパソコンのボランティアグループを作ろうという動きがあって、パソコンを教えるボランティアを募集していた。
で、実家の母に薦められて(少し動いたほーがいいのよっ・・・と、母が言うので)やってみることに。
不定期だけど、主に高齢者を対象とした初心者パソコン教室を公民館などで始めて、その講師をちょくちょくとさせていただいた。
これが、楽しかった! 勉強にもなったし。初心者の方からも、同じボランティアのパソコンベテランの方々からも、いろいろなことを教わった。
教えることに夢中になって、大きなお腹で歩き回るもんだから、かえって皆様にご心配をかけた(^^ゞ  すみません。
しかもボランティアといっても、有償だったので、少しだけどお金も稼げた。これがまたうれしい。

これならもっとできるかもしれない。

とちょーしぶっこいた私は、ネットで見つけた派遣の仕事に応募。
それは市内の小さめのプロバイダで電話対応する、というもの。時間が短めで急募、というので一か八かアタックしてみた。

そりゃもー、安定期とはいえ妊婦ですよ。ある意味問題ですよ。普通なら新規採用しませんよ。(仕事続けてて妊娠・・・ならOKだけど)
しぶる担当者を押し切って(次の担当者が見つかるまで、という条件付で)採用。ありがとうございます(^^♪ 

 

今思うとなんであんなに大胆だったかな、私。妊娠パワーだったかもしれんな。 

 

パソコン経験者ということでの即採ではあったが、ここでネットワークの勉強ができたのはうれしかった。

仕事内容は机に座って、かかってきた電話に対応するというもの。日中はもちろん社員の方がするので、私は夕方から夜間3時間ほどを週2,3日担当。(同じ時間帯の方が他にいたので交代で) そのほか土日を日中8時間担当した。これはラクだった。8時間いても電話って2~5本位だったから、あとは座ってるだけ。妊婦にはむしろ合ってたかも。普通の状態ならヒマでしょうがなかっただろうな。空いてる時間には、本で勉強したり、コッコのための編み物をしたりして過ごした。

勉強といえば、電話対応のとき、かけてきたお客様のパソコンのOSに合わせて説明したりするんだけど、当然Macの場合もあるわけだ。
Windowsならなんとかなったけど、Macは分からん! 社員の方から即席で教えてもらって、空き時間に実際Macも触って・・・(当時はMacOS10?だったと思う)
Winのディレクトリ構造にすっかり慣れてしまった私には、Macの入れ子構造ってかえってキツイ・・・。最初の頃はこれのほうが分かりやすかったもんだけど。フォルダパカパカ開けないとナニがドコにあるんだか・・・。実際電話対応したときは冷や汗タラタラもんだった。 

 

そんなこんなでこのお仕事は7月頃までさせていただいた。ホントは臨月ぎりぎりまでしたかったけど、早産の恐れがあってドクターストップになってしまって急に辞めざる終えなくなった。それでも、嫌な顔一つせず、ここの皆様には本当に親切にしていただいたので今でも大変感謝している。

またこの時期にいろいろな人と接することができたのも、精神的によかったような気がする。
だまってウチにいたら気が滅入ってマタニティブルーみたいになってたかもしれない。母体が元気でないと子供も元気に育たないと思う。
私の性格上、この時期を活動的にすごせたのは本当に良かった。 

 

もう一つラッキーだったのは。仕事をきっかけに運動する機会もできたこと。

食いづわりのせいで、本来体重が減る時期である妊娠初期に増え続けた私。安定期で食べる量が落ち着いたとはいえ、極端に減らすことはもちろん出来ない。
で、考えた。仕事先は駅から少し距離があるところ。普段ならバスを使うところを歩くことにした。片道30分ほど。
もちろん雨の日はできなかったけど、それ以外は歩いた歩いた。
これが大正解。一気に体重の加速が収まった。1ヶ月500グラムほどしか増えない、という状況に看護師さんも大絶賛してくれた♪

 

この時期の貯金は大きかったなぁ・・・。仕事辞めたとたん、また加速したからね(ーー;) 

 

by kmado(岩手県・♀)
02:10 | 思ひ出 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑
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