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by kmado(岩手県・♀)
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保育園の思い出 その2

前回の思い出の補足になるけれども。

ムスコを2歳児クラスから入園させることに、「早すぎる」と懸念を表していたばあば(ワタシの実母)は、ムスコが保育園でスクスクと育っていったのに大変感動して(ノ*゜▽゜*)、
最近では、同じ世代の友人などが

「近所に住んでいる息子夫婦の孫の世話が大変で・・・」などと愚痴るのに対して

「あらぁ~、保育園に入れてもらえばいいじゃなーい? いいわよ~保育園は♪」

と、すっかり保育園伝道師(?)になっているらしい。育児は親も育つけど、ばあばも強くさせるようで(^_^;)。 

 

今回はシモの思い出(^_^;)ぉぃ

満3歳で入園したムスコは、入園前の夏頃、わりとあっさりとオムツから卒業できまして、入園時には「オムツなし」でいってみたんだけども。
同じクラスメートは、早生まれの子なんかはまだ2歳。とうぜんパンツタイプのオムツ状態の子も複数いたようです。
最近は、紙おむつの性能が良くなったのもあって、3歳代まで外れない・・・というのも珍しくないそうですが、ムスコのクラスの子たちは年少組になったころにはみんな卒業していたようでした。

てことは、2歳児クラス時代は「オムツはずし」真っ只中なわけで、教室のすぐ隣にはそれはそれは設備の整ったトイレが設置されていました。
男の子用の立ち用、共用で使える洋式・和式、さらにおまるまで、子供の成長に合わせてどれでも好きなのでやっちゃって♪状態。子供たちは出来るタイプので自由に用を足していたようです(ムスコはその時代は洋式で座ってやってたらしい)。

入園後すぐは、毎日おもらしをしていたムスコもセンセイに教えてもらって頑張ったのか、しなくなってきて。
でも、オムツは外れたといっても、ウチでは一緒にトイレについていってパンツを下げるのと上げるのはまだ補助していた状態だったので「保育園ではどーやってんのかな~」と思っていた頃。
お迎えに行って、教室をのぞいたら、まさにムスコがトイレに行こうとしてた時で。そのまま見ていたら。

ムスコは、トイレエリアのドアの少し手前に座ってパンツとズボンを脱いで、それを床に並べて置いて、下半身丸出し(*^_^*)のままトイレに行って、出てきたらまた床に座ってパンツはいてズボンはいて・・・。 

 

うーわー全部一人でやってるッ!(゜ロ゜)
すげー、すげーよムスコwwww
 

 

てっきりセンセイの手を借りてるのかと思っていたけど、センセイは幼児30人位に対して2、3人。しかもトイレの脇で順番にオムツ交換をひっきりなしにやっているから手伝うヒマなんてない。トイレで出来る子は全部自分で!という方針になるワケで。
でも、ムスコなんかはモタモタしてるから、これじゃぁ最初は間に合わなくてもらしちゃうわな~・・・と思いつつ、よくもまぁここまで出来るようになって(ノ_<。)

と、感動しながら見ていると。

おんなのこもおとこのこも、次から次へとパンツ脱いでトイレ、パンツ脱いでトイレ・・・で、トイレの前は入る子と出る子が下半身丸出しのまんまで軽い渋滞をおこしていて・・・。

 

かわいいオシリ(*^_^*)が行ったりきたりして

ちょwwwwかわいいwwwwww 

 

状態になっているのが、大変ほほえましく笑えました(^▽^)
もらしちゃマズイと真剣な表情なのが更にナイス♪ 

 

 

これだもの、確かに保育園ってたくましくなるわー・・・と思ったものデス。
ウチに帰ってくれば、甘えもあってママの手を借りたりしていたけど、それもいつの間にかなくなっていたし。
ホントに保育園のおかげで、多くのことが自分でできるようになっていました。

おかげでママますます手抜き育児~ヘ(-_-ヘになったのは言うまでもないデス
m(__)m反省

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by kmado(岩手県・♀)
08:09 | 思ひ出 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

保育園の思い出 その1

このカテゴリは、ホントは時系列にしてみたかったんだけども(^_^;)

一応卒園を終えて、まもなく小学生を迎えてしまうと、きっとイロイロタイヘンになるだろうと思うので。
卒園記念で少しだけ残してみようかな、と。

 

入学準備のバタバタで、少し思い出した入園のとき。

妊娠時から仕事をほぼ辞めて、育児に専念してきたのもあって、それまで社会との関わりがあまりなかったムスコ。
ワタシも、例えば「育児サークル」みたいなところには出入りしなかったのもあって(車なかったからね・・・(ーー;))、せいぜいがスーパーの遊び場にたまに行く程度。
どちらかというと、若干人見知りがあって、オクテタイプのムスコだったけど、遊び場に行って同じくらいの子がいると、ニコニコして近寄っていっていつの間にか遊んでいたりもしたので、「けっこーイケるタイプ?」と思ったこともありましたが。
あとは、当時お隣さんに3人姉弟が住んでいて、一緒に遊んでもらったりもしていたけど、社会経験値はそれぐらいのもの。

 

誰しも思う不安・・・「ウチの子大丈夫かしら?(ーー;)」

というのは、モチロンあったワケで。

 

入園時は、ちょうど満3歳をすぎた10月から。学年暦でいえば、年少組の一つ下の「2歳児クラス」の年度後半から入ることになる。
その保育園は0歳保育もできるところだったから、もっと早くに入れてもよかったのかもしれないけど、当時色々事情があったことと、やはり私の中で「3歳まではウチで」という信念みたいな?ものがあって・・・既に否定されていた『3歳児神話』なのに、やっぱりどこかとらわれていた(ーー;)・・・のはあったかもしれんなぁ。

それでも、私も実弟も「2年保育」だった実家の母にとっては、「まだ早くない?大丈夫??」と心配されていて。
ばあばも元気だし、まだまだ「ばあば保育」でも可能ではあったけど、やはり、一人っ子のムスコの「社会性」を考えると・・・。

突っ込んでみるのもいいかな♪って。

ほら、かわいい子供には旅をさせなきゃいかんでしょ? かわいいからって抱えるだけが育児ではないとも思うのでね。

親子共々不安を抱えつつも、登園初日はムスコはニコニコと保育園へ行ってくれました。

 

ただね。

本番はむしろこれから、入園してからが大変になったりするのね。

 

初日もそーだったけど、2歳児以下のクラス、場合によっては年少クラスでさえ、朝送られて親と別れるときに抵抗する子がいるのね(^_^;)
「いやー!おうちかえるーー!(T△T) 」と泣いて、親にしがみついてはなれない子。困った顔で引き剥がそうとする親。

 

あー・・・これは。通らなきゃならない道だよな~(ーー;)

 

こんなときは、センセイにさっと預けてサッサとバイバイするのが一番イイそうです。むしろ親のほうが心配で離れがたくって、後ろを振り返ってしまったりすると、子供の未練がますます強くなるそうで・・・親の姿が見えなくなると、案外ケロッとしたりするんだよね。子供の順応力ってたいしたもんだからね。
どーしても親のほうが未練タラタラ(^_^;)になっちゃうんだけど、そのほうがセンセイとしてはやりやすいので・・・と教えてもらったりしましたね。

初日は事態がよく分からなかったよーで、あっさり離れたムスコだったけど・・・状況を知ったムスコが2日目以降どーなるか分からん・・・と覚悟を決めておいて。

夕方迎えに行ってみる。

 

どーかな・・・と教室をのぞいてみると。
ムスコは、教室の端っこで、みんなの集まりから少し距離をおいたところで、下を向いてひとりで座っていました。
私に気づくと、パッと顔を上げて走りよってきてくれたけど、明らかに涙目になっていました。

センセイに聞いてみると

初めての環境だったので、トイレが上手くいかずにおもらしをしたこと(入園時にはウチでは完璧にオムツがとれていたけど)、給食があまり食べられなかったこと(元々少食のほうだし、野菜苦手だったし・・・)を言われました。
これは仕方ないことです、とセンセイには励ましてもらいました。
私的には、一通り自分でできるようになる3歳という時期は入園に適切だと思っていたけれど、保育園的にはむしろ3歳は遅いほう。もっと小さいときにワケわかんないときに入園するほうが、慣れるのは早い子が多いそうです。
3歳というのは自我も芽生えるので、慣れに時間がかかることもあるそうです。

・・・知らなかったよ(ーー;)。なかなか思い通りにはいかないんだね。

 

センセイに「しばらくお手数おかけします」と頭を下げて、ムスコに聞いてみる。あまり問い詰めるのもよくないな、とあえてかるーく「ほいくえん、どうだった?」

ムスコは、泣いてないよッといわんばかりに、必死に目をこすってから「たのしかったよ」

この子は・・・泣くとワタシに怒られると思ってるのかな。泣き顔を親に見せないなんて
(ノ_<。)そんなことないのにー

 

2日目の朝。

「保育園行く?どーする?」なんて聞くと、かえってムスコに迷いを生じさせると思って、ごく自然に「さ、ほいくえん行こっか♪」と誘うと、ムスコは「うん」と素直に従ってくれました。
教室の前でも、「じゃあね」と言うと、泣きも喚きもせず黙って手をふって教室に入っていきました。その顔はキッと前を見据えるような、「これから子供社会に立ち向かうぞ」という感じの顔にも見えました。

でも迎えにいくと、やっぱり離れたところにひとり涙目で座っていました。

 

それでも毎朝、ムスコは一言も「イヤ」といわずに通い続けました。

 

そんな状況が1週間ほど続いての迎えのとき。「今日も隅っこにいるかな・・・」と覗いてみると、ムスコがいつもの定位置にいません。「あれ?どこ?」と探していると、センセイに名前を呼ばれたムスコ。

ムスコは、みんなの集まりの真ん中からヒョコッと顔をだして立ち上がりました。

 

見ると、ムスコの周りには、やさしそうな顔をした男の子たちが一緒に座っていてくれました。そのなかから立ち上がったムスコは涙目ではなくて、ケロッとした平気な顔をしていました。
その頃には、おもらしをすることもなくなっていたし、給食もほぼ全部食べました♪というご報告をいただけるようになっていました。

 

よかった・・・もうムスコは大丈夫。 そう思った瞬間でした。

 

それから3年半、ムスコは1日も「保育園イヤ」と泣くことなく卒園できました。
朝起きたときに「今日ほいくえん行きたくない~・・・」ということはあったけど、そのときはまずほとんどが出ていて体調が悪いときだけでした。それを体調のバロメーターにすることができました。

保育園で何回も親子のバトルを目撃していただけに、ホントにムスコには楽させてもらったなぁと感慨もひとしおです。
それだけムスコなりに我慢をしつづけてきた毎日だったのだと思います。
友達とケンカをした、と怒って帰ってきた次の日もケロッと保育園に通ってくれました。

そういう我慢って確かに必要なものだよ。これから小学校でも、大人になって仕事をするようになっても。

ムスコの我慢強さは褒めてやりたいと思います。そしてこれからもこんな調子で順調に過酷な10代を過ごしてくれないかな~・・・と期待していたりもします(^_^;)ムズカシイかな?

 

ガンバレ、ムスコ(*^^)v

by kmado(岩手県・♀)
01:43 | 思ひ出 | comments (2) | trackbacks (0) | page top↑

2001/10 生後1ヶ月

産んだら産みっぱなしで止まっていました、このカテゴリ(^▽^.)たはっ

 

さて入院一週間で無事退院して、約1ヶ月の予定で実家へ世話になる。

いきなりだけどここでクイズ♪ 
Q:数々の育児用品で真っ先に必要になるモノはなんでしょう? A:『チャイルドシート』

・・・自分でも意外だったわ「(≧ロ≦)  自分で運転しないから尚更だったかも。入院中はオムツも衣服も貸してもらえるから実は必要ないし(退院したらスグ必要だから事前準備はもちろんしてるけど) 退院後まず必要なのは実家へ向かうために乗るシートだったんだよね。アタマでは分かっていたつもりで、準備は結構ギリギリだったような気がする。

とはいえ、赤ちゃん用のチャイルドシートはかなり高額。でもあれば安心だし、なにより使わないと捕まるし。・・・と思っていたら、自治体で一年間無償貸与してくれる制度があって、これを利用することに決めた(ちなみに現在このサービスは終了している)
一年間あれば、その間に準備できるし、1歳児向けだとすこーし安いのでもOKだもんね・・・と、かなり打算的理由だったけど(ーー;) (と、思ってたら、座るタイプのを親戚から譲ってもらえたの! 叔母さまありがとーL(@^▽^@)」 ♪)

横向けに寝せて使える新生児用をパパの車に取り付ける。・・・実はこのころの車はサイファではなく、もっと背の高いニッサンミストラル。しかも2ドア。・・・コレが使いづらいのなんの。赤ちゃんを乗り降りさせるとき一苦労だし、2ドアだから尚更作業しづらい。二人っきりのデートのときはすっごく便利だったんだけどね♪(#^.^#)
なるほど、ファミリーカーってこういう場合を想定してるんだね、きっと。で、このころから車の乗り換えをひそかに検討するようになっていて・・・(って結果がサイファかよ! というツッコミはなしで(ーー;))

さて、実家では新米じいじ、ばあばがお出迎え。居間にはムスコと一緒に横になれるように布団もしいてある。しばらくは一緒にゴロゴロしていることに。体力的にはもう大丈夫じゃない?って位に思えるんだけど、ココでムリしちゃうと後々大変らしい。だから申し訳ないな、と思いつつ、早期復活をめざして今は休み優先となる。

 

まず挑戦。そう『布オムツ』 今でこそ紙おむつの性能がよくなったので使用頻度はほとんどないらしいが、紙おむつだと吸収良すぎて本人が不快感を覚えないため、オムツ外れが遅くなる・・・場合もあるとのことで、最近見直されてもいるらしい。・・・が、ウチではなんてことはない「経済的理由」です(^_^.)オムツ高いモン
すぐにでも社会復帰予定があれば別だけど、ひとまず育児に専念するつもりの私は収入もないし、なによりしょっちゅう買いに出ることも出来ない。布なら洗濯さえすれば何度でも使える。幸い乾燥機もある。で、やってみることに。

布オムツは約20枚ほど、布オムツ用カバーは3枚ほど準備する。布オムツは本来長方形のをクロスさせて2枚1セットとして使うが、新生児は小さすぎてそれだとおしりがもこもこするので1枚でOK。それでも紙にくらべればお尻が大きく見えちゃう(*^_^*) それにカバーがサイズ合っているハズだけど、股部分がしっかりしているためにたえずガニマタ状態(赤ちゃんって元々そうだけど・・・) 見た目ちょっと辛そうに見えるけど・・・。
でも、ムスコはよくオシッコもして、さらに毎回のよーにウンチもした。替えて直後に濡れてる、なんてこともよくあった。そんな時「もったいな~・・・」と思うことなく躊躇なく替えられるのは布の強み。濡れたままだと蒸れて肌荒れおこしちゃうからね、いつもサラサラにしておかないと。コツさえ掴めば、布でもしっかりと巻きついてむしろ使いやすいと思うようになった。

 

それから沐浴。これもお古の沐浴用オケを譲ってもらって居間に置いた。沐浴タイムはいつもお昼頃。晩秋に向かっていたので、夜だと寒く感じられるような季節。少しでも暖かい日中に行うのがベター。お湯を少しずつオケに溜めて、病院で教えてもらった手順で洗う。・・・ホントにこのコは風呂好きだぁ♪ 全く暴れたり泣いたりしないのでほんとにラク。パパも居る時はやってくれたなぁ。パパだと手が大きいからか更に安心しきっていたように思う(^^♪
洗っている間に、脇にタオルを敷いて、更に新しい服とオムツをセッティング。ほいほいと拭いてすぐ包む。毎日行う手順になった。

 

この時期一番の問題はお乳(ーー;)だった。母乳がなかなか追いつかない。お乳タイムは3時間おき、と教えられてたし、補充分として買った粉ミルク缶にもそう書いている。お乳をとりあえず吸わせた後ミルクを飲ませるけど、2時間ともたない。ただでさえ、眠りが浅いのかすぐ起きてしまうのでピーピーと泣いている。ミルクのみにしようか・・・でもそれこそ金がかかる(^_^.)し、ミルクは加減が難しい。飲ませすぎちゃいそうだし・・・。
ばあばは私と弟を母乳だけで育ててくれた経験者だけど、ムカシのことすぎて状況を忘れちゃってる。というより、とにかく溢れるくらい出たらしいので悩まなかったらしい・・・。そんなばあばが見かねて、ムスコをだっこしてあやしてくれている・・・。

どうしようかなぁ・・・と思いつつ、なんとなくテレビをつけた。そこにはあの印象的な場面が・・・。

同時爆破テロ の光景だった。

 

2001年9月11日、退院して数日後のこのニュースは、その後この年を象徴する出来事になってしまった。
今でもこの時の映像を見ると、泣いてるムスコに途方にくれてる自分を思い出しちゃうなぁ・・・(^_^.)ギャップありすぎ

 

産んだ病院には『母乳外来』があった。ので、そちらにも通って様子をみてもらう。出ないからといって吸わせ過ぎていたせいか、先っちょが赤く腫れ上がっていた。
「片方5分ぐらいずつにして引き離すように」と指導されたけど・・・足りねぇ、そんなんじゃ。ムスコは離してくれないわ~(^_^.)イヤン

困ったなぁ・・・と思いつつ、たまたま目にした『母乳育児』の本をすがる気持ちで購入した。

 

目からウロコがおちたヽ(。_゜)ノ

 

 

母乳って時間間隔必要ないんだって。続けざまに飲んでもお腹こわしにくいんだって(ミルクは続けるとお腹がゆるくなることがある)。お腹いっぱいになると赤ちゃんが自分で飲むのを止めるからいくら吸わせても飲みすぎることがないんだって!!  

思い切って粉ミルクを絶ってみることにした。  

間隔は最短で30分になった。でもとにかくその都度吸わせてみた。「片方5分」は確かに理想だったけど、そうもいっていられない。片方30分ぐらいになっちゃって授乳だけで約1時間。で、30分後に泣く、と。割りに合わね~・・・( iдi ) と思いつつも繰り返していたら。

ほんの数日で間隔が空くようになった。実家滞在の最後の方には理想的な3時間間隔になることもあった。ぐいぐいと母乳が出ているのが分かる。パンっと張ったのが吸われた後、スッと軽く気持ちよくなっている。この感覚がイイんだね~きっと。
本来はこの授乳間3時間のときにママも寝て休むんだけど、そんな時間ほとんどなかった。でもろくに寝ずに頑張ってよかった。おかげで理想的な生活サイクルになれた。

ムスコも下痢ひとつせず、日々ゴキゲンだ。つか、ほんとに寝ない~。寝てる時間合計してみたら8時間ぐらいだよ、コイツ。大人並みじゃん。でも起きてるときゴキゲンな顔してるからマジかわいい~♪ 
泣いたらさっさとオムツを替えて、すぐにクチにお乳を突っ込む。ほら口封じ♪ すると寝付くときもあるし、起きていてもゴッキゲンだし。日中も夜中もそれの繰り返し。だんだん慣れるもんだねコレも。

 

とにかく母乳育児は絶対オススメ。最初は大変だけど、慣れるとすっごくラク。コツはミルク育児の常識にとらわれないことかな(^_^.) あとは赤ちゃんと自分の感覚を信じることかもね。自分自身にとっても最高! ご飯はかなり食べていたのに、半年で体重が元に戻ったからね♪♪その後Vターンしていったのは内緒♪(^_^.)

by kmado(岩手県・♀)
15:45 | 思ひ出 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

2001/9 出産後、入院中のわたし

母乳というのは産めばすぐ出るもんだと思っていたが、どうもそうではないらしい。吸われることによって次の母乳が準備される・・・という繰り返しで順調にでるようになる。
で、頑張っていたら、3日目の夜にもっのすごく乳が張った。痛いよぉ・・・(T_T)  一晩、ひえピタのようなものを貼り付けて過ごす。実際これを機に少しずつだが出るようになった気がする。そういえば、乳も変ったかな・・・(*^_^*) 大きくなった、というより、形がすごくそれらしくなった感じ。一緒に授乳している他のお母さんたちのもつい、じっと見てしまったりしたが(ぉぃ(^_^.))、皆「育ててますっ」っていう乳してんのな。大きいのに色っぽい感じが全くないの。たくましいお乳なの。この授乳期間ならではの変化なのかもしれないね。

出産直後はお乳のハリの他にも急激に身体中が変化する。それまでの10ヶ月間の妊婦から一気に元に戻ろうとするからなのかも。
3日目ぐらいに、足が思いっきりムクんだ。これも特有の症状らしい。それまであまりむくむことがなかっただけにある意味おもしろかった。電動ベットの足の部分を最大に上げて、ほぼ90度になるくらいにしてそのままで寝ていると、足の中を水分が伝って落ちていくのがはっきりと分かった。すげ~・・・おもしろーい♪
自分の身体でココまで遊べるなんて、この期間ならではだなぁ。 

 

さて、退院日のメドもついた。退院後は約1ヶ月実家に滞在するつもりでいる。そのための準備も済んでいる。

 

そろそろ大問題にとりかからなくてはなるまい・・・名前どうしよ?(^_^.)  つか、決まってないしーー!!

 

確か出産届けって一週間ぐらいで出さなきゃなんないんだよね。
仕方ないので、それまで臨時に「こたろ」って名づけて呼んでたよ。犬じゃねーんだし。パパ、早くなんとかしてくれ・・・(ーー;) 

 

 

『念のため』で準備した男の子用の名前は2つあった。
女の子なら「コレッ」というのを決めていたが、男の子のは一つには絞り込めなくて、結局「産まれてきたのを実際見てから決めよう」ということにしていた(この辺りすでに投げやりな気が(ーー;))

実際見てみたら。・・・泣き声も女の子みたいに優しいし、ふわんっとした雰囲気がある。きっとこの子は優しい子に違いない。

・・・ということで、2つのうち、優しいヒビキをもっている方に決めた。
でもパパが字画にまでこだわったので、漢字がなかなか決まらなかった。・・・こっちもホント難産だったよな(ーー;)

なんかバタバタしながらも入院期間はあっという間に過ぎた。

それ以上のバタバタ育児の始まりだった。 

by kmado(岩手県・♀)
16:53 | 思ひ出 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

2001/9 出産後、入院中のムスコ

出産後、特に母子ともに異常がなければ、5日~7日の入院となる。その間、母親は上げ膳据え膳(^^♪なので、身体を休めるとともに、これから赤ちゃんをお世話していけるように助産婦さんからいろいろと指導を受けることになる・・・ってこれが結構忙しくて、「休めた?」と問われれば・・・どーかな、とも思う。まぁ産んじゃったからには仕方ない、帰宅したらもーっと大変なわけだから。

出産翌日、筋肉痛で動けなくなったので実家の母に助けに来てもらった(ーー;)が、と同時にムスコとの母子同室になった。”ばぁば”となった母にとっては孫独り占めできたのでけっこう幸せだったかな♪・・・と勝手に思っている。実際は、まだシャワーのできない私の身体を拭いてもらったり、買い物してきてもらったり、といろいろコキ使いました。ごめんなさいm(__)m  その間でも、ムスコをタオルに巻いてダッコしたりして楽しんでもいた。 

 

赤ちゃんの講習はまず「ダッコ」から。これは出産当日から始まった。

その日の夕方、新生児室に向かう。そこへ助産婦さんにダッコされたムスコが連れられてきた。首の据わらないふにゃふにゃの赤ちゃんの抱き方を教えてもらう。教えてもらわないと分からないよ、こんなこと。で、実戦してみる。
・・・うわーむっちゃ泣いてるよ、ベテランの助産婦さんにダッコされてて泣いてるのに、慣れない私じゃーもっと泣くかな・・・とおそるおそる腕に乗せる。

ムスコはピタッと泣き止み、まだよく見えないはずの大きい目を見開いて私を見ようとしていた。

・・・うっわ、うそみたいー・・・。泣き止んだコイツ。ママって分かったのかな、声で分かるのかな。

正直感動だった。 

 

 

やわらかくてあったかくて、でも腕にずしっとくる重さ。たった3キロほどなのに。男の子は芯が重く感じるというからかな。でも今思うに、それが「責任」の重さだったのかもしれない。

今度は母乳の飲ませ方。当日だから当然出ない。というか、ホントは出産前からお乳の手入れをしなくてはならなかったのだが・・・めんどくてさっぱりしてなかった私(^_^.)
「つまってますよ、きれいにしなきゃ」とさっそく教育的指導。ごめん・・・。
出すにはとにかく吸わせること。これを2~3時間ごとに、赤ちゃんが泣くごとに繰り返す。
でも入院中はろくに出ないので、出るまで粉ミルクで補充した。ミルクの作り方すら講習だよ、ホント何から何まで教えてもらわないとダメだなぁ・・・。ムスコは初日から結構な勢いで飲みやがった。さすが男の子♪

あとはオムツの替え方。帰ったら布で挑戦するつもりでいたが、入院中は支給されるので紙オムツで。これで基本をマスターする。1、2日のうちは胎便といって緑色のうんちがでる。最初はビックリした。

泣いてるムスコをあやしながら慣れない手つきで替える。うーん、コツがいるなぁ。・・・と苦戦していたら、オムツ開いた瞬間「ピュー・・・」っとそれは放物線を描いた。あ、やられた(^_^.)
隣では、私より一日早く産んだあの元妊婦さんも(こちらも男の子だった)同じメにあっていた。
「男の子ならではの洗礼ですねぇ」
と一緒に笑った。この母子とは入院期間中ほぼ一緒に講習をうける仲間になった。 

 

4日目ぐらいから赤ちゃんの沐浴が始まった。初日は助産婦さんが実際ムスコをお湯につからせて手順を説明しながら行った。沐浴の間、初めてのお風呂だったからかムスコはずっと泣いていた。「明日からはお母さんがやってみてくださいね」 ・・・マジすか、めっちゃ泣いてるんですが(ーー;) とまたもやビビる私。
翌日、助産婦さんが見ていてくれる前で、ビビりながらムスコをつからせてみる。・・・ムスコは気持ちよさそうにほわ~・・・としていた。あーなんてイイ子なんだキミはっ!
ママだから安心したのかしら♪なんて、実際は2回目で慣れたから・・・かもしんないけど、おかげで自信が持てた。

 

ムスコはその後約1ヶ月の沐浴期間中も一度も泣くことはなく、お風呂に関してはラクさせてもらったなぁ。そのせいか、今でもお風呂は大好きで一番長風呂しやがる(^_^.) 

 

 

一通り講習を受けて、コレを毎日繰り返す。ホントに2、3時間おきだぁ、というかその間隔も狭まってきた。2時間もたなくなってきた。やっぱ母乳少ないのかな・・・と心配もする。同じ部屋で隣にいるムスコが四六時中気になる。大丈夫なのかなぁ・・・。 

 

と慣れない心配をするママを尻目に、ムスコはいたってご機嫌だった。オムツを替えてミルクを飲ませてさえいれば、あとはゴキゲンで起きていた。ぷ、う、とかいいながら手足をばらばらに動かしていた(まだコントロールできないのね)
つか、新生児って一日のほとんどを寝てる・・・と聞いていたが、コイツあんまり寝ないなぁ。でもキゲンいいからとりあえずいいか。
おかげで入院中お見舞いにきてくれる親戚や友人にも起きてるムスコを見せることができた。

赤ちゃんという生き物はホントにマニュアルどおりではないね。これからはコイツ本人にどうしてほしいか聞きながらやってみよう・・・と思うようになっていた。

 

by kmado(岩手県・♀)
15:56 | 思ひ出 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑
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